大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(行ウ)83号 判決

東京都新宿区北新宿四丁目一七番一号

原告

東京山手青果株式会社

右代表者代表取締役

吉浦國廣

右訴訟代理人弁護士

山田有宏

丸山俊子

松本修

伊東眞

東京都新宿区北新宿一丁目一九番三号

被告

新宿税務署長 武田信彦

右指定代理人

東亜由美

志村勉

岡野英夫

羽柴宗一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六二年四月二八日付けでした原告の昭和六一年三月一日から昭和六三年二月二八日までの事業年度の法人税の更正及び過少申告加算税賦課決定のうち所得金額を一〇二三万七八五三円として計算した税額及び加算税額を超える部分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は青果物の販売を業とする株式会社であり、原告が昭和六一年三月一日から昭和六二年二月二八日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税についてした確定申告、被告が昭和六三年四月二八日付けでした更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定」という。)並びに原告がした不服申立ての経緯は、別表「課税処分等の経緯」に記載のとおりである。

2  しかしながら、本件更正には、原告の所得を過大に認定した違法があり、また、右違法な更正を前提とする本件決定も違法であるから、原告は、請求の趣旨記載のとおり本件更正及び本件決定の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2は争う。

三  抗弁

1  原告の本件事業年度の所得金額

原告の本件事業年度の所得金額は、次の(一)ないし(四)を合計した一億四六四〇万七〇九三円である。

(一) 申告所得金額 七五三万二七三三円

原告が提出した本件事業年度の確定申告書に記載された申告所得金額である。

(二) 土地譲渡益の計上洩れ額 一億三五五三万四三六〇円

(1) 原告は、昭和五一年一月、代表取締役であった藤田徹(以下「藤田」という。)から同人所有の東京都杉並区西荻北二丁目一二五番九所在の土地一二八・一二平方メートル(以下「本件土地」という。)及び地上建物(以下「本件建物」という。)を買い受け(以下「旧売買」という。)、これを所有していたが、昭和六二年二月二八日、藤田の代表取締役退任に伴い、同人に対し、退職慰労金の一部として、本件土地建物を帳簿価額である合計二六五九万六六五九円(本件土地が二五〇〇万円、本件建物が一五九万六六五九円)をもって現物支給(以下「本件譲渡」ともいう。)した。

(2) 原告は、本件土地を現物支給したことによる譲渡利益(以下「本件譲渡益」という。)の額を〇円とする確定申告をしたが、本件譲渡時における本件土地の時価は、別紙「売買実例に基づく時価相当額の計算」のとおり二億〇九五七万七一五八円が相当であるから、本件土地の譲渡価額は少なくとも一億六〇五三万四三六〇円(本件更正における認定額)を下るものではない。

したがって、本件譲渡益の額は、本件土地の右譲渡価額一億六〇五三万四三六〇円とその帳簿価額二五〇〇万円との差額一億三五五三万四三六〇円となり、右金額が原告の所得金額の計算上、益金に算入される。

(3) 本件土地の譲渡価額のうち帳簿価額を超える右一億三五五三万四三六〇円は、藤田に対する退職慰労金の支給として、原告の所得の計算上、減算すべきであるが、原告が本件事業年度の確定した決算において役員退職給与として損金経理をした金額は八〇〇〇万円であって、これを超える一億三五五三万四三六〇円については、法人税法三六条に定める損金経理がされていないから、原告の本件事業年度における損金に算入されない。

(三) 雑収入の計上洩れ額 三〇四万〇〇〇〇円

原告は、昭和六二年二月七日に開催した創業二〇周年記念行事の際に、祝儀として得意先から受領した三〇四万円を雑収入として計上せず、他方、右に相当する金額を交際費勘定から減額して、本件事業年度における交際費の支出額を五一〇万一九四五円と経理しているが、右祝儀三〇四万円は、雑収入として本件事業年度の益金に算入すべきである。

そして、右交際費勘定から減額された三〇四万円は、同勘定に加算されるべきであるが、右金額は、租税特別措置法(昭和六二年法律第一四号による改正前のもの)六二条一項の規定による交際費等の損金算入限度額三〇〇万円を超えるものとして、損金に算入することはできない。

(四) 得意先等への贈答金の損金不算入額 三〇万〇〇〇〇円

原告が売上割戻勘定として損金経理していたもののうち昭和六二年一〇月二九日計上の得意先等への贈答金三〇万円は、交際費等の支出と認められるところ、右金額は、租税特別措置法(昭和六二年法律第一四号による改正前のもの)六二条一項の規定による交際費等の損金算入限度額三〇〇万円を超えるものとして、損金から減算されるべきである。

2  本件更正の適法性

原告の本件事業年度の所得金額は、右1の所得金額一億四六四〇万七〇九三円であって、本件更正における所得金額は右金額の範囲内であるから、本件更正は、原告の所得金額を過大に認定したものではなく、適法である。

3  本件決定の適法性

本件決定は、本件更正により原告が新たに納付すべき法人税額五九四二万円(国税通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数を切り捨てた金額)を基礎として、同法六五条一項及び二項の規定により計算した金額を過少申告加算税として賦課したものであるから、適法である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)は認める。

2(一)  同1(二)の(1)のうち、原告の代表取締役であった藤田が本件土地建物を所有していたこと、昭和五一年一月に原告が藤田から本件土地建物を買い受ける旨の契約(旧売買)をしたこと、原告が昭和六二年二月二八日、藤田に対し、退職慰労金の一部として本件土地建物を被告主張の帳簿価額をもって現物支給したとする経理がされていることは認めるが、その余は争う。

(二)  同1(二)の(2)のうち、原告が本件譲渡益の額を〇円とする確定申告をしたことは認めるが、本件譲渡時における本件土地の時価は不知、その余は争う。

(三)  同1(二)の(3)のうち、原告が本件事業年度の確定した決算において役員退職給与として損金経理をした金額が八〇〇〇万円であることは認めるが、その余は争う。

3  同1(三)、(四)は認める。

4  同2及び3は争う。

五  原告の主張

1  本件譲渡益の不存在

本件譲渡は、藤田に対する退職慰労金の一部の支給として経理されているが、実際は、次のとおり、原告が、いわゆる売渡担保として、藤田から再売買予約付きで買い受けた本件土地建物を、再売買したものであって、譲渡益を発生させるものではなく、法人税法二二条二項所定の資産の譲渡に当たらない。

(一) 藤田は、三菱銀行東中野支店から三〇〇〇万円を借り入れようとしたところ、藤田個人には融資できないが、本件土地建物の登記名義を原告に移転したうえで担保に供するのであれば、原告に対して三〇〇〇万円を貸し付けてもよいとのことであったので、昭和五一年一月二七日、原告に対し、本件土地建物を売買代金と同額で買い戻すことができるとの再売買予約付きで代金三〇〇〇万円で売り渡すとともに、引き続き社宅として本件建物に居住し、金利相当分を家賃名目で支払う旨原告と合意した。

原告は、同月二九日、本件土地建物について、所有権移転登記を経由し、三菱銀行のために根抵当権設定登記をして、同銀行から三〇〇〇万円を借り入れ、藤田に右売買代金名下に三〇〇〇万円を支払った。

(二) このように旧売買は、藤田が必要とした資金について原告が藤田に代わって三菱銀行から融資を受けるために、本件土地建物を原告に再売買予約付きで売り渡したものであり、藤田が原告から売買代金名下に借り受けた三〇〇〇万円の債務を担保するためにされたいわゆる売渡担保である。なお、藤田が昭和五六年に四〇八万円もの費用をかけて本件建物の増改築を行っていることは、旧売買後も藤田が本件建物を自己の資産として管理していることを示すものである。

(三) 本件においては、株主総会において、本件土地建物を藤田に対する退職慰労金の一部に充てる旨の決議がされ、経理上もそのように処理されているが、これは、右再売買予約に基づく再売買契約の締結、再売買代金と退職慰労金の一部との相殺という手続を簡略化したものにすぎず、本件譲渡による本件土地建物の所有権の移転は、再売買契約によるものであって、法人税法二二条二項にいう資産の譲渡に当たらない。

2  本件土地の譲渡価額

仮に、本件譲渡が法人税法二二条二項にいう資産の譲渡に当たるとしても、本件更正は、次のとおり、本件土地の譲渡価額を過大に算定するものである。

(一) 再売買予約が付されている不動産の買主は、予約完結権者を無視して当該不動産を第三者に売り渡すことはできないから、原告としては、本件土地建物を予約完結権者である藤田に再売買するほかには処分の方法がなかったものであり、しがたって、本件土地建物の譲渡価額は、再売買の予約金額である三〇〇〇万円と算定するほかないというべきである。

(二) 藤田は、原告に家賃を支払って本件建物に居住していたから、本件建物について借家権を有していたものであり、したがって、本件土地の譲渡価額の算定にあたっては、右借家権価額が控除されるべきである。

3  本件譲渡益相当額の損金算入

仮に、原告に一億三五五三万四三六〇円の本件譲渡益が生じたとしても、原告は、右譲渡益に相当する退職慰労金を藤田に支給したものであるから、右金額は、原告の所得金額の計算上、損金に算入されるべきものである。

法人税法三六条が「役員に対して支給する退職給与の額のうち、当該事業年度において損金経理をしなかった金額」は損金の額に算入しないとしている趣旨は、法人が役員に支給する退職給与の額のうち、損金経理により、法人が報酬として損金計上する意思を明らかにした金額のみを損金に算入しうるとしたものであるところ、本件譲渡は、本件土地建物を現物で報酬として藤田に支給したものであるから、たとえ原告が帳簿価額を支給額とする損金経理をしたとしても、本件土地の時価相当額を藤田への報酬として支給しこれを損金計上する意思が明らかにされているといえる。したがって、右一億三五五三万四三六〇円の本件譲渡益の額は、損金経理がされたものとして損金に算入されるべきである。

六  原告の主張に対する被告の反論

1  本件譲渡益の存在

(一) 藤田は、昭和五一年分所得税の確定申告の際、旧売買が売渡担保を目的とするものであることを明らかにしないまま、旧売買による譲渡所得を申告したこと、取締役会は再売買予約が付された売買の承認決議をしていないこと、本件譲渡までの長期間、原告は本件土地建物を資産として経理し、固定資産税等や本件建物の減価償却費を損金に計上し続けていたことに照らせば、旧売買の際に原告主張の再売買予約がされたとは認めがたい。

(二) 仮に、再売買の予約がされたとしても、予約完結権が一〇年余の間行使されなかったことなどからすれば、その間に、原告と藤田は、当初の合意の趣旨を変更して、本件土地建物の所有権を完全に原告に移転することとしたうえ、退職時に相当な方法で再度その所有権を藤田に移転するとの黙示の合意が成立したというべきである。したがって、本件譲渡当時、予約完結権はすでに消滅しており、本件土地建物の所有権は原告に確定的に帰属していたものである。

2  本件土地の譲渡価額

(一) 仮に、本件土地について再売買の予約が存在していたとしても、右予約についての登記はされておらず、第三者に対抗できないものであるから、再売買の予約の存在が本件土地の減価要因となることはありえない。

(二) 借家権は、借地権と異なり、積極的に譲渡性を認める法律の規定がなく、権利自体を独立して取引の対象とする慣行もないから、借家人が借家の敷地について独立の経済的利益を有しているとはいえない。したがって、借家の敷地の価額を算定するについては、借家人が居住していることによってその土地の市場性が制限されて価額が減少する場合を除き、借家権の存在を考慮する必要はない。

本件において、仮に、藤田が本件建物につき借家権を有していたとしても、右借家権は本件譲渡による混同によって消滅することになり、借家人が居住していることによって本件土地の市場性が制限され、その価額が減少するということにはならないから、本件土地の価額の算定上、借家権の価額を控除する必要はない。

仮に、借家人が、借家権を有していることにより、借家の敷地について独立の経済的利益を有している場合があるとしても、藤田は本件建物を社宅として賃借していたものであり、社宅についての賃借権には、通常、譲渡性がなく、賃借権それ自体の交換価値もないから、藤田は、右賃借権を有することにより本件土地につき独立の経済的利益を有していたとはいえず、本件土地の価額の算定上、控除すべき借家権の価額は存在しない。

3  本件譲渡益相当額の損金不算入

法人税法三六条において、所得の金額の計算上損金の額に算入しないのは、「退職給与の額のうち………損金経理をしなかった金額」とされているのであって、原告が主張するように、本件土地を帳簿価額で現物支給したことにより、本件土地全体を損金経理したものとして、時価相当額と帳簿価額との差額をも損金処理ができると解することはできない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一課税処分等の経緯について

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

第二本件更正の適法性について

抗弁1の(一)(申告所得金額)、(三)(雑収入の計上洩れ額)、(四)(得意先等への贈答品の損金不算入額)は、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、本件譲渡益の計上洩れの有無について検討する。

一  本件譲渡が資産の譲渡(法人税法二二条二項)に当たるかどうかについて

1  抗弁1(二)の(1)のうち、原告の代表取締役であった藤田が本件土地建物を所有していたこと、昭和五一年一月に原告が藤田から本件土地建物を買い受ける旨の契約(旧売買)をしたこと、原告が昭和六二年二月二八日、藤田に対し、退職慰労金の一部として本件土地建物を帳簿価額(本件土地が二五〇〇万円、本件建物が一五九万六六五九円)をもって現物支給したとする経理がされていることは、当事者間に争いがない。

2  旧売買について、被告はこれを通常の売買であると主張するのに対し、原告は、藤田が原告から売買代金名下に借り受けた三〇〇〇万円の債務を担保するためのいわゆる売渡担保であった旨主張する。

ところで、資産の譲渡が行われた場合であっても、それが専ら債権を担保するために資産を債権者に移転するものであり、形式的には所有権が債権者に移転するものの、それはあくまで債権の担保目的の範囲に限定され、債権者はこれを担保の目的のためにのみ利用する義務を負い、債務が弁済されたときはその所有権が担保設定者に受け戻されることが予定されている場合には、所有権の移転は単に形式的なものにすぎず、その実質は通常の担保権の設定と何ら異なるところがないというべきであるから、その譲渡の時点では、未だ資産が所有者(担保設定者)の支配を離れ、資産の値上がりによる増加益が確定的に具体化するとはいえないのであり、これをもって所得税法ないし法人税法上の資産の譲渡と解することはできず、したがって、担保として譲渡された資産が後日債務の弁済により担保提供の目的を達して担保設定者に受け戻されたとしても、その受戻しもまた同じく資産の譲渡に当たらないというべきである。

そうすると、旧売買が専ら債権を担保するために行われたものであったとすれば、旧売買により本件土地建物の所有権は未だ確定的に原告に帰属するには至っていないというべきであり、したがって、本件譲渡は、法人税法二二条二項にいう資産の譲渡には当たらないことになると解されるので、まず、旧売買が通常の売買であるか、あるいは債権担保のためのものであるのかについて検討することとする。

3  前記1記載の争いのない事実に、成立に争いのない甲第四、五号証、乙第二号証の一、第六、七号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第七号証、第一〇、一一号証、乙第九号証の一、二、証人藤田の証言により成立の真正を認める甲第一号証の一、二、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の真正を認める甲第六号証、証人藤田、同川田欣一の各証言(後記措信しない部分を除く。)、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 藤田は、昭和四一年九月に原告を設立し、その後、昭和六二年二月に退任するまでの間、ずっと原告の代表取締役の地位にあった。旧売買が行われた昭和五一年一月当時、原告には、藤田のほかに、取締役として川田欣一(以下「川田」という。)、伊藤小次郎の二名がいたが、伊藤小次郎は名目上の取締役であって経営には携わっておらず、原告の経営は、藤田が営業を、川田が経理等の総務をそれぞれ受け持つ形で行われ、経営の実権は設立以来の代表取締役である藤田が掌握していた。

(二) 藤田が所有していた本件土地建物には、いずれも藤田を債務者として、同栄信用金庫のために極度額を一七〇〇万円とする根抵当権設定登記、三菱銀行のために極度額を一〇〇〇万円とする根抵当権設定登記が経由されていたが、昭和五一年一月一二日、原告の取締役会において、原告が藤田から本件土地建物を三〇〇〇万円で購入すること、その購入資金については三菱銀行東中野支店から融資を受けることを承認する決議がされた。その際、銀行提出用の議事録(甲第一号証の一)と原告保管用の議事録(甲第一一号証)の二通が作成されたが、いずれの議事録にも、単に原告が藤田から本件土地建物を購入するとあるだけで、それが担保のためであるとか、藤田において将来買戻しあるいは再売買ができることを窺わせるような記載は一切なかった。

(三) 藤田は、昭和五一年一月二七日、原告に対し、本件土地建物を代金三〇〇〇万円で売り渡し、原告との間で同日付けの売買契約書二通(甲第一号証の二はそのうち藤田が保管していた一通であり、原告が保管しているはずの一通は発見されていない。)を作成し、原告は、翌二八日、本件土地建物を担保に三菱銀行から三〇〇〇万円の貸付けを受けた。

そして、本件土地建物について、いずれも昭和五一年一月二九日受付で、〈1〉 同月一二日売買を原因とする藤田から原告への所有権移転登記、〈2〉 同月一二日解除を原因とする前記(二)記載の各根抵当権設定登記の抹消登記、〈3〉 同月二八日設定を原因として債務者を原告、根抵当権者を三菱銀行とする極度額三〇〇〇万円の根抵当権設定登記(その後、昭和五六年三月一四日に極度額を六〇〇〇万円に変更し、同月二三日受付でその旨の登記がされた。)が経由された。

(四) 藤田は、昭和五一年分の所得税の確定申告書に、旧売買につき収入金額三〇〇〇万円から必要経費三〇〇一万二〇〇〇円を控除し、分離短期譲渡所得の金額を〇円と記載して申告をした。

一方、原告は、旧売買後、本件譲渡までの間、本件土地建物を原告の固定資産として経理し(取得価額は、本件土地につき二五〇〇万円、本件建物につき五〇〇万円である。)、火災保険料、固定資産税、都市計画税を負担するとともに、本件建物については原告の社宅として減価償却を行い、それらをいずれも損金に算入して決算していた。

(五) 藤田は、旧売買後も社宅として本件建物に居住し、最初の一、二か月は月額二三万円(原告が三菱銀行から借り入れた三〇〇〇万円の利息額一年分を一二で除したものである。)を原告に支払ったが、もともと藤田にそのような金員を支払えるだけの収入がなかったことは、経理担当の川田も予めわかっており、原告の帳簿には、昭和五二年以降、藤田に対する家賃が未収入金として計上され、本件譲渡時には合計二六四五万円が未収家賃に計上されていた。

なお、原告は、昭和五一年二月以降、三菱銀行からの前記借入金の返済を続け、昭和五八年一月頃には元利金を完済したが、その間、藤田と原告との間で右借入金の返済について協議がされたことはないし、原告が三菱銀行に完済した後も、原告が藤田に右借入金の返済を求めたということもなかった。

(六) その後、昭和六一年五月三一日の原告の株主総会において、藤田から、昭和六二年二月二八日をもって代表取締役を辞任したい旨の申し出がされ、藤田に対する退職慰労金として本件土地建物を充てること等が株主全員の承認を得て可決された。その際、藤田は、株主に対し、本件土地建物はもともと藤田個人の所有であったものを、会社の都合により、昭和五〇年一二月会社所有の社宅にした特殊事情があり、それ以来賃貸料は未収入金として計上していた経緯がある旨を説明していた。

そして、藤田は、昭和六二年二月二八日、原告の代表取締役を退任し、原告は、藤田に対し、退職慰労金の一部として本件建物とともに本件土地を現物支給するという形で譲渡し、その帳簿価額二六五九万六六五九円(本件土地二五〇〇万円及び本件建物一五九万六六五九円)を支給額として計上したほか、それまで未収入金として計上してきた本件建物の未払賃料を退職慰労金の一部に充当することとして、その旨の経理処理がされた。

4(一)  ところで、証人藤田、同川田は、原告が三菱銀行から三〇〇〇万円を借りて、これを藤田に売買代金名下に融資したものであり、旧売買は、藤田が原告から借り受けた右三〇〇〇万円の債務を担保するため本件土地建物を再売買予約付きで原告に売り渡したものである旨供述し、甲第二号証、第一二号証中にも右供述にそう記載部分がある。

しかしながら、右供述及び記載部分には、次のような疑義があるほか、前記認定の事実に照らし、たやすくこれを採用することはできないといわざるをえない。

(1) 証人藤田及び同川田は、原告が三菱銀行から三〇〇〇万円を借りて、これを藤田に売買代金名下に融資したものであると供述するものの、その使途については、証人藤田が、個人的に流用していた原告の金を原告の決算に際し返済する必要があり、川田からその旨の要請があったためと供述するのに対し、証人川田は、藤田の原告に対する借金はなく、藤田が三〇〇〇万円を何に使ったのか知らないと供述しており(したがって、証人藤田の供述によれば、三菱銀行からの三〇〇〇万円は実質的に原告に入金されていることになるのに対し、証人川田の供述によれば、右三〇〇〇万円は原告から藤田に支払われたということになる。)、両名の供述部分は、その使途ないし金員の実際の流れという重要な点において明確性を欠いている。

(2) 当時、藤田と川田との間で、三〇〇〇万円の弁済の時期、方法について話し合われた形跡が全くなく、証人川田の供述によると、いつ返済してもらえるかは考えてもいなかったし予測もできなかったというのであって、原告・藤田間に金銭の賃借という融資関係が存在したとみるには不自然、不合理であるといわれなければならない。

(3) 旧売買に関する取締役会の議事録には、旧売買が担保のためであることを窺わせる記載は一切ないし、また、藤田は、代表取締役の退任を申し出た株主総会の席上において、本件土地建物は会社の都合で会社所有のものとした旨株主に説明しており、本件訴訟における証人藤田、同川田の担保のためであったという証言は、右議事録や株主総会における説明と食い違うものとなっている。

(4) 旧売買後、原告は、本件土地建物の公租公課等を自ら負担しているが、担保のために本件土地建物を形式上所有しているにすぎない原告が、その公租公課までを負担し、藤田との間でその清算を予定していないというのは不自然であるといわなければならないし、また、原告は、昭和五六年には、本件土地建物について三菱銀行のために設定された根抵当権の極度額を三〇〇〇万円から六〇〇〇万円に変更しており、このことは、原告が自らの銀行に対する与信のために本件土地建物を使用したことを示すものであって、旧売買が藤田の原告に対する三〇〇〇万円の債務の担保として原告に提供されたとの事実と矛盾するものといわなければならない。

(二)  また、甲第一号証の二(藤田が保管していた本件土地建物の売買契約書)の特約事項欄には、「売買契約は売主が同額で買戻す事を条件とする」、「売主が社宅として居住し、金利該当分を家賃として支払う事とする」との手書きの記載がされている。

しかしながら、前記認定のとおり、旧売買に関する取締役会の議事録には、旧売買が担保のためであるとか、買戻しの特約があることを窺わせる記載は一切なく、いつの段階で右特約条項が記載されたものか、その経緯については必ずしも明確であるとはいえないが、その点はさておいても、〈1〉 「同額で買戻すことを条件とする」との表現は曖昧であり、これをもって、原告が主張するような再売買の予約をしたものと解することができるか自体疑問であるうえに、仮に再売買の予約の趣旨であるとしても、予約完結権の行使期間の定めもない極めて曖昧なものとなっていること、〈2〉 しかも、当時、藤田も川田も譲渡担保とか再売買予約という法律関係についての知識があったわけではなく、藤田自身、もともと必ずしも代表者の財産と会社の財産とを厳密に区別していたとはいえない旨自認しているのであって(証人藤田の証言)、自分の会社である原告に対して本件土地建物につき特に法律的な権利関係を設定するといった意識はなかったと窺われること、〈3〉 さらに、前記認定のように、藤田の代表取締役の退任に伴って、原告は、再売買という形ではなく、退職慰労金の一部として本件土地建物を現物支給したものであり、しかも、本件建物については、減価償却後の帳簿価額(一五九万六六五九円)で支給した旨の会計処理がされ、特約条項にいう「同額で買戻」したものとなっていないのであって、藤田も原告も、前記特約条項を前提とした処理をしていないこと、などからすると、前記特約条項は、藤田が本件土地建物に居住しており将来は自分のものとしたいとの希望を持っていたことから、藤田と川田とが話合ったうえ、いつのことかはともかく、いずれは本件土地建物を買い戻すこととしたいという藤田の意向ないし予定を書面上明らかにする趣旨で記載されたものにすぎないと解するのが相当であり、この記載をもって、藤田と原告との間に買戻しあるいは再売買の予約といった法的な拘束力を持った合意が成立したとの事実を裏付けるものとすることは困難であるといわざるをえない。

5  以上検討したところからすれば、旧売買は、実質的な所有権の移転を目的とした通常の売買であって、原告が主張するように債権を担保するために行われたものということはできない(なお、原告は、藤田が旧売買後に自己の費用で本件建物の増改築をしている旨主張するが、藤田が原告の代表取締役であり、社宅として本件建物に居住していたことからすれば、そのような事実があったとしても、そのことは右判断の妨げとなるものではない。)。

したがって、原告は、旧売買により所有していた本件土地建物を、藤田が代表取締役を退任したことに伴いその退職慰労金の一部の支給として現物支給(本件譲渡)したものであり、本件譲渡は法人税法二二条二項所定の資産の譲渡に当たるというべきである。

二  本件土地の譲渡価額の算定について

1  成立に争いのない乙第二一号証、証人荒木友治の証言、弁論の全趣旨によれば、〈1〉 被告の係官荒木友治は、被告が保管していた昭和六一年分の譲渡所得の申告書及びその添付書類をもとに昭和六一年の本件土地の近隣の売買実例一〇例を抽出したこと、〈2〉 その後、被告指定代理人であった藤本良明は、右売買実例一〇例について実地調査を行って、これらの売買実例における土地の立地条件、形状、実測面積、売買価額、昭和六二年分路線価、取引年月、特殊事情の有無等を確認し、右確認の結果に基づき、公道に面していないとか、土地所有者がその隣接地の一部を取得したといった特殊な事情から本件土地の比準売買実例としてふさわしくないものを除外し、あるいは荒木係官が抽出し落とした本件土地の近隣の売買実例を加えるなどしたうえ、残った一〇件の売買実例の土地につき、別紙「売買実例に基づく時価相当額の計算」のとおり、昭和六二年の地価上昇率を考慮して、本件譲渡時である昭和六二年二月の一平方メートル当たりの推定価額を算定し、さらに、右の推定価額の平均値に本件土地の面積を乗じて、本件譲渡時における本件土地の価額を算定したこと、〈3〉 右算定によれば、本件譲渡時における本件譲渡時の価額は二億〇九五七万七一五八円であることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

近隣の売買実例に基づく右の算定方法は、売買実例の抽出方法等に照らし、合理的な根拠に基づくものということができるから、本件譲渡時における本件土地の時価は二億〇九五七万七一五八円と認めるのが相当であり、したがって、本件土地の譲渡価額は少なくとも一億六〇五三万四三六〇円を下るものではないということができる。

2  原告は、本件土地については再売買予約がされているから、本件土地の譲渡価額は再売買の予約金額をもって算定するほかない旨主張するが、本件において法的な拘束力を持つ再売買の予約があったと認められないことは前示のとおりであるから、原告の右主張は、その前提を欠き失当というほかない。

3  また、原告は、本件土地の譲渡価額の算定上、藤田が本件建物について有していた借家権価額に相当する金額を本件土地の時価から差し引くべきであるとも主張する。

(一) 前記認定した事実と前掲甲第七号証、証人藤田、同川田の各証言によれば、〈1〉 藤田は、旧売買により本件土地建物を原告に譲渡した後は、本件建物を原告の社宅として、引き続きこれに居住したいと考え、川田と相談して、原告の三菱銀行からの借入金三〇〇〇万円の利息額に相当する月額二三万円を家賃名目で原告に支払うこととし、当初の一、二か月はこれを支払ったこと、〈2〉 しかし、もともと藤田には、月額二三万円もの家賃を支払えるだけの収入がなく、このことは経理担当の川田も十分認識していたこと、〈3〉 その後、家賃の支払はされず、昭和五三事業年度からは、原告の帳簿上、毎事業年度末に藤田に対する未収家賃として、一年分の二七六万円をまとめて計上することとしたのみで、藤田に対して、右家賃の支払の督促がされることもなかったし、その決済をどうするかといった話も出ないまま推移したこと、〈4〉 結局、右未払家賃は、昭和六二年二月の退職慰労金支給の際に清算されるまで、未払の状態が継続し、その合計額は二六四五万円もの多額なものとなっていたことが認められる。

(二) 右認定したとおり、藤田は、原告の代表取締役在任中、形式的には、月額二三万円の家賃を支払うことを約してはいるものの、実際には、一〇年近くもの長期にわたり右家賃を全く支払わないまま、本件建物を使用し続けてきたものであって、藤田が原告の代表取締役であり、原告の経営の実権を一手に掌握していたことなども合わせ考えると、藤田の本件建物の使用は、藤田が原告の代表取締役であるという特殊な関係に基づく便宜供与によるものであって、その実質は、通常の賃貸借とは異なるいわゆる社宅の利用関係にほかならず、藤田が原告の役員を退任するなど右の特殊な関係が終了したときは、その利用関係も当然に終了することが予定されていたものとみるのが相当である。

なお、成立に争いのない乙第八号証によれば、原告は、役員に対する退職慰労金の額について内規を有していたものではないから、藤田に退職慰労金を支給するに際し、その額を帳簿上計上された家賃の未収入金を含めて清算しうるように定めることは必ずしも困難なことではないのであって、本件において、最終的に退職慰労金で経理上未払家賃の清算がされていることは、前示の判断を何ら左右するものとはいえない。

右のとおり、藤田の本件建物の使用は、いわゆる便宜供与としての社宅の利用関係として、退職等により原告との特別の関係が失われれば当然に終了するという性質のものというべきであるから、このような場合には、その利用関係の存在をもって、本件土地の価額を算定するうえでの特別の減価要素とみることは相当でないというべきである。

したがって、本件土地の譲渡価額の算定上、藤田の借家権価額を控除すべきであるとする原告の主張は失当である。

三  本件譲渡益相当額の退職慰労金の損金不算入について

1  抗弁1(二)の(2)のうち、原告が本件譲渡益の額を〇円とする確定申告をしたことは当事者間に争いがないところ、すでに検討したとおり、本件土地の譲渡価額は、少なくとも一億六〇五三万四三六〇円を下るものではないから、結局、右譲渡価額からその譲渡原価(帳簿価額)二五〇〇万円を控除した本件譲渡益の額は、一億三五五三万四三六〇円となり、原告の所得金額の計算上、これを益金に算入すべきこととなる。

2  抗弁1(二)の(3)のうち、原告が本件事業年度の確定した決算において役員退職給与として損金経理をした金額が八〇〇〇万円であることは当事者間に争いがない。

原告は、藤田に対する報酬として本件土地建物を現物支給したものであるから、本件土地の時価相当額を藤田への報酬として支給しこれを損金計上する意思が明らかにされているのであって、本件譲渡益の額は、法人税法三六条にいう損金経理がされたものとして損金に算入されるべきであると主張する。

しかしながら、法人税法三六条にいう損金経理とは、法人がその確定した決算において費用又は損失として経理することをいうものであって(法人税法二条二六号)、確定した決算において損金の額に算入されていない金額はここにいう損金経理をしたものとはいえないから、原告が主張するように、本件土地を帳簿価額で現物支給したことにより、本件土地の時価と帳簿価額との差額に相当する金額についてまで損金経理が行われたものと解することができないことは明らかである。

したがって、本件譲渡益の額を損金に算入すべきであるとする原告の主張は失当である。

四  原告の本件事業年度の所得金額について

以上のとおりであるから、原告の本件事業年度の所得金額は、申告所得金額七五三万二七三三円に、土地譲渡益の計上洩れ額一億三五五三万四三六〇円、雑収入の計上洩れ額三〇四万円、得意先等への贈答金の損金不算入額三〇万円を加算した合計一億四六四〇万七〇九三円となり、右金額の範囲内で所得金額を認定した本件更正には、原告の所得を過大に認定した違法はなく、本件更正は適法である。

第三本件決定の適法性について

本件更正が適法であることは前示のとおりであるから、本件更正を前提として、国税通則法六五条の規定により適法に算出された金額を過少申告加算税として賦課した本件決定は適法である。

第四結論

以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 橋詰均 裁判官 武田美和子)

別表 課税処分等の経緯

〈省略〉

別紙 売買実例に基づく時価相当額の計算

1 売買実例

〈省略〉

2 時価相当額の計算

(1) 1m2当たりの価額

16,357,881円(〈12〉の合計額)÷10=1,635,788円

(2) 時価相当額

1,635,788円×128.12m2=209,577,158円

3 算式

(1) 〈省略〉

(2) 〈省略〉

(3) 〈省略〉

(*1) 本件土地の近傍の地価公示価格(乙第18号証及び第19号証)を基に昭和61年1月から昭和62年1月の間における地価上昇率を125パーセントとした。

(*2) 本件土地の近傍の地価公示価格(乙第19号証及び第20号証)を基に昭和62年1月から昭和63年1月の間における地価上昇率を21パーセントとした。

(*3) 路線価額は相続税評価額の路線価額をいう。

(*4) 〈2〉売買実例のかっこ書きは、平成4年9月3日付け被告準備書面(一)の別表一に記載された売買実例の記号である。

(*5) 〈5〉取引年月は、売買契約書に記載されている契約年月である。

(*6) 〈8〉面積は、実測図による面積である。

(*7) 〈9〉欄ないし〈12〉欄の金額は、小数点以下を切捨てた金額である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例